専門家が関与する付調停手続について ~専門知識が必要となる争点から専門家の関わり方までポイント別に解説~
はじめに
以前こちらのホームページに,裁判における鑑定手続について解説するコラムを載せていただきました。今回は,鑑定と同じく,中立的な立場の専門家が関与する,付調停手続について解説します。
今回の題材は,ホテル内の飲食店の開業のための店舗内装工事が中断し,その中断した原因や工事内容が争点となったケースです。
【事案】
飲食業を営む会社(原告)が,ホテル内に飲食店を開業しようとして建築工事会社(被告)に店舗内装工事を依頼したが,工事が途中で中断し,これが被告の債務不履行によるものであるとして,建築請負契約を解除するとともに,既払い金の返還,債務不履行に基づく損害賠償請求を請求した事案
これに対し,建築工事会社からは,建築工事代金ないし工事の既施工部分に対応する請負報酬(出来高報酬)及び不法行為に基づく損害賠償を請求した事案【参考裁判例:東京地判令和5年3月30日(平成31年(ワ)9719号,令和元年(ワ)23943号)】
【解説】
ポイント① 訴訟において専門知識が必要となる場面
1 本件の争点
本件で裁判上争われた争点は多岐にわたりますが,要約すると以下のとおりです。
① 帰責性:工事が途中で中断したのは建築工事会社の責任によるものか
② 債務不履行:工期の遅れはあったか
③ 損害:工事に関わる一連の出来事により幾らの損害が発生したか
④ 出来高:工事中断時に工事の完成度はどこまで達していたか
⑤ 施工瑕疵の有無,損害:工事の設計施工に問題があったか
⑥ 不法行為:原告が工事現場の鍵を被告に無断で不当に交換したか
2 専門知識の必要性
上記1の争点のうち,給排水設備に関わるものに絞って解説します。本件で給排水設備
に関わる具体的な争点としては,以下の2つの点が挙げられました。
⑴ 追加変更工事の経緯(上記1の①②関係)
原告は,被告が合理的な理由なく工事を中断し,工期内に依頼した工事を終えなかっ
たとして本件訴訟を提起しました。
これに対して,被告は,工事の中断と工期の延長には以下の合理的な理由があったと
反論しました。
①工事現場の給水管が床上7メートルの位置に存在していたことが発覚したため,
当初の予定に反し,給水を利用するためには給水管を床まで下ろす必要があり,吊り天
井設置のために鉄骨構造体を設置する必要,エアコン室外機を3階客室のキャットウ
ォーク足場に設置するための工事を行う必要も生じた。
②そのため,原告と被告は追加変更工事の契約をした。
③しかし,原告は合意に基づく報酬の支払いを拒んだため,被告は工事を中止した。
⑵ 水道管の施工瑕疵(上記1の④⑤関係)
原告は本件で,工事について多数の瑕疵(工事があるべき状態でないこと)を主張し
ました。
そのうち,給排水設備に関するものとしては,水道管にはプラスチック製水道管を用
いるべきであるが,被告が不適切にもフレキ管を使用したため,水圧でフレキ管が振動
し,軽量鉄骨に触れて音が生じるという不具合が生じた,という瑕疵が主張されました。
これに対し,被告は,そのような瑕疵は存在しないと反論しました。
⑶ 専門知識の必要性
⑴追加変更工事の経緯の判断においては,関係者の陳述・証言に加え,当初の見積書
と被告の主張内容に整合性があるのか等の事情が重要となります。見積書を読み解く
ために,建築の専門知識が必要となります。
⑵水道管の施工瑕疵の判断においても,プラスチック製水道管を用いるべきなのか,
フレキ管で足りるのか,また,振動・音の発生の原因はいかなるものかを判断する必要
があります。これらの判断においては,水道管に関する専門知識が必要となります。
ポイント② 付調停・民事調停委員
1 民事調停委員の意見書
本件では,訴訟が調停に付され(付調停),一級建築士の民事調停委員が手続に関与し,
意見書を提出しました。
当該意見書には,上記の給排水設備に関する2つの争点について,以下のように書かれ
ていました。
⑴ 追加変更工事の経緯
被告の「見積書の見積数量は,給水管取り出し口の位置,吊り天井設置のためのイン
サートがないこと及びエアコン室外機を3階客室のキャットウォーク足場に設置する
ことを認識して見積もられたものとすると,過小な数量を前提とした見積もりになっ
ている」(したがって,実際の給水管の位置等を見込んだ見積もりにはなっていない。)。
⑵ 水道管の施工瑕疵
「水道管にはプラスチック製の管を使用しなければならないとする施工水準は認め
られず,むしろ,フレキ管はより高級な部材として水道管に用いられており,原告が主
張するフレキ管の振動はフレキ管を軽量鉄骨に固定する作業が未了であるために生じ
ている」。
2 裁判所の判断
裁判所は,他の事情とともに,上記の意見書を判断の根拠として,被告が主張するとお
り,①工事の中断と工期の延長には合理的な理由があった,②水道管の施工瑕疵は存在し
ないと認定しました。
3 付調停・民事調停委員とは何か
民事裁判の手続には,判決に向かって進行する民事訴訟と,双方の話合いによる解決に
向かって進行する民事調停があります。
民事訴訟において,専門家による専門意見を得ることが解決に資すると考えられる場
合,裁判所は幾つかの方法で専門家を手続に関与させることができます。専門家が関
与することで,話合いによる解決の可能性が見込めると考えられるケースでは,訴訟から
調停に手続を移行させ(付調停,民事調停法20条),専門家が民事調停委員として選任
され,その意見を踏まえた話合いが図られます。本件のように建築に関する専門知識が必
要な場合には,一級建築士等の専門家が関与することとなります。
鑑定手続の場合には,鑑定を望む当事者が鑑定費用を支払う必要がありますが,付調
停・民事調停委員の選任の場合には,当事者は費用を負担せずに,専門家の専門意見を得
ることができます。付調停制度が使われるかどうかは,訴訟手続の進行の仕方や,裁判官
の意向次第というところがあります。
本件では,民事調停委員が意見書を作成して,話合いによる解決が図られましたが,双方の
合意には至らなかったため,意見書を考慮した判決が出され,原告の主張が退けられました。
終わりに
裁判官はあらゆる分野の専門知識に通じているというわけではなく,専門家が手続に関与して一定の見解を示した場合には,その内容を重視する傾向があります。そのため,民事調停委員に有利な意見を述べてもらえるかどうかは,和解に向けた話合いにおいても,和解が決裂した後の判決においても非常に重要です。民事調停委員がどのような意見を述べる可能性があるか十分予測し,必要な情報を提供することが有用であるといえます。
以上