「契約せずに水漏れ修理工事!?」裁判例から学ぶ、押さえるべきポイントを紹介!

はじめに

 給排水設備に異常が生じた場合、緊急事態のため、とりあえず業者に依頼を行うことも多いと思います。そうしたところ、工事完了後に、依頼者と業者の間で、報酬金額が妥当なのかなどトラブルとなることがあります。
 コラムの2回目となる今回は、水漏れ解消工事が依頼され、工事も完了した後に、契約の成立と、報酬金額について争われたケースについて、近時の裁判例を題材に解説します。

事案

 マンションの所有者から、水漏れ解消工事の依頼を受け、工事業者が工事を施工し、水漏れが止まったが、所有者から、「請負契約は成立していない、不要な工事までされた」として支払いを拒絶されたため、工事業者が所有者に対して、請負報酬の支払いを請求した事案【参考裁判例:東京地判令和2年12月23日(令和2年(レ)136号)】

ポイント①

水漏れ解消工事の請負契約は、いかなるタイミングで成立するか。

1 請負契約の成立要件

 工事請負契約に基づき請負報酬の支払を請求する場合、工事業者は、契約が有効に成立したことを証明する必要があります。原則として、契約の成立には契約書の作成は不要で、口頭の合意で足ります。
 民法632条は、仕事完成の約束と、報酬の支払いの約束が請負契約の成立要件であると定めています。支払われる報酬の具体的な金額まで合意することは成立要件ではなく、具体的に報酬金額を決めていなかったとしても工事請負契約は成立すると考えられています。

2 水漏れ解消工事の請負契約の成立時期

 本裁判例でも、民法632条が挙げられ、契約成立のためには、実際に行われた仕事に応じた相当な報酬を支払うことを約することで足り、必ずしも具体的な金額を明示して約することを要しないとされました。本件では、所有者が工事業者の担当者と面談し、担当者に対して、水漏れを解消するための修繕工事を依頼し、担当者がこれを了承したタイミングで、請負契約が成立したと判断されました。

ポイント②

 工事内容、報酬額を具体的に定めないまま契約を締結した場合、報酬金額はどのように決定されるか。

1 契約締結後に報酬額が合意された場合

 請負契約で報酬金額が具体的に合意されている場合や、報酬金額の算定方法を具体的に定めている場合には、報酬金額はかかる合意、定めに基づき決定されます。また、請負契約の成立時には、報酬金額が具体的に定められていなかった場合でも、契約成立後、契約当事者双方の合意で、報酬の具体的金額や具体的算定方法が定められた場合には、その定めにしたがって報酬金額が決まることになります。
 本裁判例では、工事業者が見積書を所有者にメールで送り、見積書に具体的な工事費目、工事内容も記載されていたこと、所有者が特に異議を述べることなく「了解した」旨のメールを返信していたことから、工事の具体的内容、報酬の具体的金額まで、遅くともメール返信時までには合意があったものと認められ、見積書と同額の報酬支払請求権が認められました。

2 報酬額に関する合意が欠けている場合

 契約成立時にも、その後にも報酬額について合意がない場合にも、工事を行い仕事を完成させた工事業者は、依頼者に対して報酬の支払請求をすることができますが、請求する金額が相当であることを更に証明しなければなりません。
 なお、契約書で報酬金額が一旦合意されているけれども、所有者が後から追加工事を希望し、その追加費用について明確な合意がないまま追加工事が行われた結果、報酬金額についてトラブルとなってしまうケースも、実務上よく見受けられるところです。

終わりに

 今回取り上げた裁判例では、見積書どおりの報酬支払義務が認められましたが、どんな事案でも見積書が出されていればそれで報酬金額が決まるわけではありません。依頼者がどのように応答したか、工事内容が適正だったかなど、本件とは異なる事情があればまた別の結論となり得ます。
 裁判例で示された判断の大枠を理解するとともに、いかなる事情が結論を左右したかを押さえることが重要です。

九帆堂法律事務所
弁護士 伊藤和貴
東京大学法科大学院修了
編著作:『実例と経験談から学ぶ資料・証拠の調査と収集―相続編―』など
雑誌『オーナーズ・スタイル』にて「賃貸経営法律トラブルQ&A」連載

以上